市民球場再生計画

10月12日
「奇跡の器」の真実、土屋さんの思い

9月19日に広島市内で開催された、トークイベント「市民球場はこのように建設されたのだ」〜市民球場の過去と明日を語る〜(広島ミニコミセンター、広島市民球場跡地利用市民研究会主催)で進行役を務めた広島国際大学の石丸紀興教授と、市民球場建設当時、現場監督を務めた西廣一明さんの当日のやりとりがもうすぐ、小冊子になって発行されます。

この対談集には、旧広島市民球場の歴史と未来を守る会の土屋時子代表代行の「報告文」も掲載されます。

当チャンネルでは、その報告文を先にみなさんに紹介させていただきます。

●復興の喜び哀しみを伝えるー市民球場

・何故、市民球場問題なのでしょうか?

最近知人に会うと、「なぜ土屋さんが、市民球場のことで躍起になっているの?」と聞かれます。

確かに、特別熱心な野球やカープフアンではなく、どちらかと言えばスポーツより文化活動(演劇)をライフワークとして生きてきたものですから、ここ半年間の豹変ぶりに驚いているのでしょう。

でも私を良く知る人は、「市民合意なき市民球場の解体反対の運動」が、私のライフワークのテーマとかけ離れたことでなく、まさに「ヒロシマを語り継ぐ」―文化活動そのものだとわかってくださると思うのです。語り継ぐべき器が、目の前で切り裂かれ、形もなく壊されようとしているのですから、関わりを持った以上、何もせず手を拱いていることはできないのです。

私が舞台上演で選んだ時代は、主に広島の昭和初期から戦後から一九五○年代に材をとった作品が多く、峠三吉の半生を描いた『河』、原爆投下以前の中島地区の人々を描いた『天神町一番地』、戦後広島復興期の母子を描いた『ばらっく』などはその代表作です。

この時代はいろいろな意味を含め「広島の青春―炎の時代」と言われていて、その時代を知らない私にとっては、広島が最も魅力的だった時代だと感じているからなのです。

市民球場はまさにその時代―昭和三十二年、対談の中で語られているように、多くの市民の思いをこめて、広島市民の財産として作られた「市民の球場」です。表現が正しくないかもしれませんが、原爆の廃墟の中から再生した球場だからこそ、「他の球場とどこか雰囲気が違う…原爆ドームと指呼の位置に、それは在る」(故・筑紫哲也氏の手紙より)と言わしめているのかもしれません。

だからこそ、広島は広島でしかできない街づくりを目指し、復興のシンボルである建物からも、まだまだ学ぶことがいっぱいあるのです。

・市議会傍聴から解体差し止め訴訟 住民投票は門前払い

図書館退職後、広島市議会を傍聴して感じたことは、「議論を上下する場になっていない」ということでした。

旧広島市民球場については最初から「跡地問題=解体ありき」で始められたことがまずは問題なのですが、六月の廃止条例案の可決に至っては、解体賛成派の議員からも「解体反対派が一転して賛成とは?」と疑問を抱かせるような採決結果でした。

一般社会でも当たり前のことですが、賛否が交錯し可決と否決が紛糾する議案はもっと時間をかけ、慎重に審議すべき案件なのです。六月一日に初めて市民に具体案を提示し、ろくな審議もせず、予算的にも未定なまま二十二日には早くも決議―これでは強行採決といわれても仕方ないことです。「市民合意を図る努力を―」は名ばかりで、市民の声を聞く場など結局一度も、もたれなかったのです。

六月二十四日の記者会見で市長は次のように述べています。

「市民合意ということですけれども、最終的には議会と行政と市の方向性を決めていく上で、市民の意思と云うのは議会を通してその決定権を行使するという形になっていますので、議会の合意ということが、最終的な形では市民の合意の反映であるというふうに考える政治制度のもとで我々は仕事をしていますので、それはやっぱり尊重しなくてはいけない点だと思います。」

「議会の合意=市民合意の反映で何も問題はない」と、市長は本気で思っているのでしょうか?

五輪招致検討予算案では一回否決された議案が、市長権限で四十二年ぶりに再議にかけられ、これも充分な議論もないままで議案が認められてしまいました。いまや議員・議会の見識も疑わしいということが、市民の間で話題になっていますが。

年内にも解体されることが決まった八月六日、私たちは「旧広島市民球場の歴史と未来を守る会」(「守る会」とする)を立上げました。そして九月八日、権限のない私たち市民の意思を訴えるには「住民投票しかない」という結論に達し、「旧広島市民球場解体の賛否を問う」住民投票請求を市へ提出しました。

これで五年近く続いてきた球場問題が平和的に解決できると思い、住民投票に必要な署名(約九万五千人)に取りかかれるよう意を決して準備を始めていたのです。

ところが広島市は九月十七日、「市政運営上の重要事項に該当しないため」と云う理由で、署名活動すら拒否し却下したのです。市民局の説明では「市長自らの決裁」とのことでした。

広報紙「ひろしま市民と市政」(二○○三年十二月一日号)では「市民の意思が尊重されるべき典型例としては、何十億、何百億規模の公共事業は採否が当然、その筆頭格になるのではないでしょうか。

具体的な公共事業の採否が、選挙あるいは住民投票などを通して、市民の意思を尊重して決定されるのが、民主主義の教科書的な形です」と、市長ご自身が述べておられます。

それ以後の記者会見では、「球場問題は広島市の将来にとって大変重要な案件である」(二○○八年二月)、「国家的プロジェクトというふうに考えてもいいと思う」(二○○九年九月)とまで述べていながら、「重要事項でない」ということは、詐欺的言動と言う以外ありません。

この九月二十九日の記者会見でも、「住民投票の制度というのは、あくまで議会制民主主義、代表制民主主義というものを前提にした制度で、それを補完する形での制度を提案しているということを申し上げています。(中略)市民球場解体の条例は大体3分の2以上の賛成で通っていますので、議会の意思というところではこれは全く問題がない、意思表示というところでは問題が無い案件だというふうに思います。そういう形で市民意見を理解したとしても全く問題がないと考えています。」と、自信たっぷりで語っているのです。

長々と引用しましたが、「補完する」という意味も分っておられないようで、支離滅裂な私見としか言いようがありません。

二○○四年九月の市の広報紙には「道はいつも開かれています。住民投票制度ができて一年」と書いてありますが、何と空しい標語なのでしょうか。

私はもちろん却下を受け入れるわけにはいかないので、すぐに処分取消の訴え(行政事件訴訟)を起こしました。被告代表である市長はどう答弁されるのでしょうか。なお住民投票については現在、他に二件請求が出されているので、今後の回答を期待しましょう。

報告が前後しましたが、「守る会」では八月二十三日、「旧広島市民球場解体差し止めの仮処分申し立て」を行いました。二回の審尋がありましたが、やはり公開にして市民にも裁判に参加してもらおうと、十月八日に仮処分を取り下げ、本訴訟を起こすこととしました。これからは法廷の場で争われることとなります。

・今、広島の平和と文化の質が問われている

以上、「守る会」としては前近代的、非民主主義的な広島市政に対峙し、二つの訴訟でたたかっていくことになりますが、何よりも解体が始まる―ということが焦眉の問題で心痛むところです。

石丸先生が「広島の戦後復興のメッセージは―絶望してはいけない。英知を結集すれば必ず希望はある―ということ」と語られています。後世に悔いが残らぬよう、今こそ、広島市民一人ひとりが「納得のいかないこと」に対し声を上げ、あらゆる行動を起こす時ではないでしょうか。

球場問題に限らず、真の「国際平和文化都市」として世界に恥じない広島市になるよう、願ってやみません。

旧広島市民球場の歴史と未来を守る会・代表代行 土屋時子




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