市民球場再生計画

3月1日
サンフレ激励会でも「オリンピック」発言!

J1開幕を5日に控え、サンフレッチェ広島を励ます会が広島市中区のリーガロイヤルホテル広島であった。

地元財界、関係者、サポーターなど、430人、報道陣も加えておよそ500人がタイトル「奪取」を誓うチームに声援、激励を送った。

今や国内Jリーガー人気トップの李忠成選手や佐藤寿人選手らはサイン攻め、記念写真攻めにあっていた。

ところでこの会見の冒頭、後援会の加藤義明会長が「最後にコレを言っておかないと…。広島にサッカー専用スタジアムがどうしても欲しい。今日は県知事さん、市長さんもおいでです」とやって大きな拍手を浴びた。

しかし、その直後にあいさつした湯崎知事、秋葉市長は完全にスルー…。秋葉市長に至っては、どういう話の繋がりか理解に苦しむが「スポーツフォーオール、これはオリンピックの言葉でもありますが、市の諸策を…」と半ば強引に?「オリンピック」という言葉を口にした。

4月の総選挙を控え、会場には市議会、県議会議員も多数、詰めかけた。先ごろ広島市副市長を辞任した豊田麻子氏も途中から会場にやってきた。

なお、豊田氏は市長選参戦にあたり「私はサンフレのファン、広島が好きになった」と会見で述べている。「広島腰かけ生活」わずか2、3年の東京人に、広島の本質が分かるのだろうか?

豊田氏は市議会の反対を押し切り秋葉市長が2008年7月、副市長に登用した。大学は東北大学。広島とは縁もゆかりもない。

こんなことがあった。

2009年10月、田上長崎市長と広島市役所で会見した秋葉市長がまったく周囲への相談なしに「2020年夏季五輪の広島・長崎共同開催」を会見で発表。(長崎市議会の集中砲火を浴びた田上市長は2010年1月、脱落)

2009年12月、ANAクラウンプラザホテル広島では同じくサンフレを激励する会が催されたが秋葉市長の代理で出席した豊田氏は冒頭のあいさつで「広島でオリンピックを…」とやって会場の空気をいっぺんでしらけさせた。(秋葉市長はその直前、同ホテルであった写真K記者クラブの会合には出席しておきながら、サンフレ会場はエスケープした)

しらけさせた、その背景を紹介する。

10月の秋葉市長「五輪共同開催」会見と前後して日本サッカー協会は2018年、2022年のワールドカップ国内招致(結果的には失敗)に向け、国内開催地の立候補を募っていた。

2002年の日韓共催ワールドカップで開催地にほぼ決まっていた広島市は、当時の平岡市長が「雨が降っても傘をさせば観戦できる」と珍妙発言。ビッグアーチの屋根かけ費用を惜しみ、開催地を新潟に奪われたにもかかわらず、秋葉市長の下でも立候補をまるで無視するかのようにスルーして11月4日の時点で開催地放棄を表明した。

それから一ヵ月後にサッカー関係者の目の前でこの「豊田発言」。まるで広島の事情も分からぬよそ者が「広島好き」とは恐れ入る。レッドカードで退場モノ、とはこういうことを言うのだろう。

広島市政担当記者らの間では、それでも市長選、豊田氏が有利か?という声を頻繁に聞く。

その背後には秋葉市長を長年、支えてきたみこし連だの女性団体だの、という市民のみなさんが大勢いる。

ただ、だからと言って前回、秋葉市長に流れた浮動票がそのまま豊田氏に流れるか、といえばそうも言えない。

豊田氏が秋葉市長色に染まった「タスキ」を引き継げば、市民球場解体が完了し、跡地で中国新聞グループを軸とした地元財界がフラワーフェスティバルに続くイベントを開催し、サンフレの専用競技場はこの12年間の秋葉市政で騙されてきた通り、いっこうに手つかずの状態で、マツダスタジアム周辺の空き地にペンペン草が茂り、中四国地方での広島市の地位がさらに低下する。

秋葉市政12年を見るにつけ、そんな予想しかたたない。

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