市民球場再生計画

4月11日
松井新市長、球場解体方針-。当選から一夜明けた松井市長が取材、会見、テレビ出演などで具体的な市政方針について語った。

「秋葉五輪」(当チャンネル呼称)については、五輪の招致活動が秋葉前市長によって目標に据えられた「2020(ニーマルニーマル)核兵器廃絶」と完全にリンクしていることへの矛盾を松井市長は声高に指摘しNO!を明言。

県内の各競技団体トップやスポーツ関係者からは「我々に何の相談もなく始めた五輪招致にはムリがあり当然の結果」「また新たな形で国際競技大会誘致を考えればいい」などの声が大多数を占めた。

一方、唐突に広島大客員教授に就いた秋葉前市長は東広島市のキャンパスで「広島五輪は必ず実現すると確信している。時間の問題」とコメント。しかし、市長でなくなった秋葉発言にはもはや何の力もない。

松井市長は夕方、NHK、テレビ朝日系広島ホームテレビなどに出演して「球場跡地問題」についても語った。その中で、すでに市議会で解体2次工事の予算が決まった元の市民球場については解体を進めると同時に跡地をどうするかについて選挙公約にもなっている「検討委員会」の発足に言及した。

松井市長が「球場解体とイベント広場整備」という前市長の敷いたレールに沿っていこうとする一番の理由は、2013年春の全国菓子大博覧会開催を円滑に進める狙いがあるものと見られる。

しかし、「球場が残ろうが菓子博には影響はない。お菓子を口にするのだから衛生面を考えれば屋外はペケ。グリーンアリーナを主会場にするのだから、あとはスペースさえあればいい」と声がお菓子の業界団体や関係者から上がっているのも事実だ。

もっと言えばお菓子の業界全体が諸手を挙げて菓子博に賛同している訳でもない。このイベントが過去、どういう経過で開催され、どんな効果を生み、どんな課題を抱えているか。ネットなどでも見ることができるが、広島のメディアがそういう視点でとらえた報道はまったくと言っていいほどない。

これまでは「秋葉五輪」の方にメディアの目も向きがちで、菓子博の方はノーマーク、になっていたからだ。菓子博招致を先頭になって進める中国新聞もこうした実情には触れたがらない。

宮島の、個人的には一番、味わい深いもみじ饅頭を販売している、と考える老舗の責任者の方が、もう2年も前にこう言っていた。

「菓子博にはこれまでも松江(1988年)前回の姫路(2008年)と参加して来ました。名前を知ってもらうためにはコチラの持ち出しは多いし、狭い会場に大勢の人…。並んでばかりでゆっくり食べることもできない。市民球場についてはそのまま残したってぜんぜん構いませんよ。そのまま諸室が使用できてむしろいいぐらい。個人的な思いとしては、大手ばかりが前面に出てくるそんなイベントよりほかに腰を据えたイベントをやった方がいいと思いますけどね」

広島で大手と言えばもみじ饅頭ならにしき堂、パンや食材ならアンデルセン…。確かに広島には全国に通用する「お菓子」の“強打者”が揃ってはいるが、戦前戦後を生き抜いてきた老舗の声などはなかなか取り上げられない…。

これまで市が進めてきた「球場解体」とその後の「にぎわい広場作り」は一部の利害関係者と一部メディア、それに秋葉前市長の思惑により「歪められた跡地活用コンペ」(関係者)に代表される、市民不在の経過をたどってきた。

球場解体にNOを唱える市民からは訴訟も起こり、なお係争中である。さらに言えば、この球場解体&跡地問題を引き起こした「新球場建設のためのコンペ」が不正である、との視点から明日、13日には広島市役所で元広島市幹部や市議会議員による「監査請求」の話合い並びに会見も用意されている。

残念ながら秋葉市政12年間が生んだ多くの歪みの象徴としての存在になり下がった「奇跡の器」、「僕らの広島市民球場」。世界に唯一のこのヒロシマ空間を、すでに正面までの一塁側が解体されたとは言えもう一度、みんなで論議する時間が必要ではないか?

西日が射すと原爆ドームの影が市民球場の壁面に映る。

被爆の証人と内野の半分近くが残る広島の戦後復興の証人が道路1本を隔てて並んでいる稀有なランドスケープ。

そこで常にジョン・レノンの「イマジン」など世界平和を奏でる空間を演出するセンスはこの街にはないのか?

我々は、100年後の広島市民への“贈り物”と、一過性の菓子博を同じ土俵で論じようとしてはいないだろうか?

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